にしあにモジモジ日記 2019.0610。

にしあにの死生観。

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不惑の歳をとうに越えて50歳代の人生を演じて生きていると、誰もがきっと〝死生観〟について考えます。

バラモン教から始まってユダヤ教、キリスト教、イスラム教……そして儒教、ど~かすっと仏教の信者までを「その気」にさせる〝輪廻〟の概念。そもそも偶像や特定の人物を崇拝する〝宗教〟という概念を持たなかったイザナギ・イザナミから発生して八百万の神に行き着いた日本の民俗学で言う〝黄泉国〟……「御上」から無理矢理洗脳されたとしか思えない〝武士〟や〝軍人〟の誇り高き、今思えば〝偽プライド〟の死……。

臨死体験をしたことがあるヒトは沢山います(訳あってにしあには小6の時に味わった……そのうち「少年期」に書くでしょう)が、「おめぇ、いっぺん死んで来いや~!」という、よく聴くチンピラの台詞とは裏腹に、死んだことのあるヒトに逢うことはできません。

……あ、いけねぇ。チョ~シに乗った……うい~……この日記は、哲学のような高邁なものではないし、宗教や信仰の勧誘でもないし、政治批判をするつもりなんかさらさらないし、偉そ~に説教をする場所でもありません(時々、弱いものいじめをする奴は力一杯批判するけど)。

どっちかっつ~と、いい歳をしてわりかしズッコケてる、まったくもーってくらい小さなデザイン事務所をなんとか19年も続けている、お調子者で弱いものいじめとミョウガが大嫌いで素敵な音楽とエンタテインメントと猫が大好きな人物が酔っ払って好き勝手に思いを綴っている「できれば面白い文を書きたいな」っつ~無責任な日記です。

あ、ちょいとエヴァにご飯をあげてこよう……(ФωФ)

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「人間50年」っつってたのはたった400年~150年前じゃない。

ど~せヒトは生まれたときから死に向かってカウントダウンをしているのだ。

15歳で元服していた時代と違って、医療の技術か食生活か〝仲々オトナになれない世の中〟のお陰か……なんだかよく判らないけれど、昨今の生命保険のCMでは「人生100年時代」だってやがんの。

元気で可愛らしく長生きするのは良いことです。

私の母や義母も、出来るだけ長生きしてもらいたいもんだ。

と、心から思っています。

好きなヒトだからね。

好きなヒトに年齢は関係ありません。

好きなヒトを亡くす気持ちは、出来ればもう味わいたくない。

にしあにが子どもの頃は年齢に関係なく「莫迦」や「狂人」というヒトがいました。

彼奴等が住んでいた特殊学校のような施設が近くにあった少年時代、ちょいちょい遊びに行って凶暴性のなかった「阿呆」と仲良くしていました。

へんてこりんな絵を描くし、とんでもない力持ちだったりするし、あうあう言ってて滑舌がイマイチだったけど慣れれば聴き取れるし、何より嬉しいときの笑顔がとっても素敵だった独特の感性を持っている彼等がとても魅力的だったのでした。

今は言葉が少なくなってしまって、それぞれが個性ある〝こんにゃろう〟だった莫迦も狂人も阿呆も「統合失調症」という〝病人〟になってしまいました。

そして、調子に乗った阿呆達も「私は病人なんだから」なんつって、あまったれて我が儘を貫く権利を得たような錯覚をするようになりました。

にしあには小学生の時に大きな病気を患ったお陰で「病人」になりました。

お陰で、クラスメイトの男子達から思ったこともないほどの〝差別〟を受けました。

「私は病人なんだから」っつって威張っている奴等は、愛嬌がないんだよ。

折角「おもしれぇ奴等だ」っつ~対等の立ち位置だったのに……自分が敵わない部分をリスペクトしていたのに……ヒトはどうせ死ぬのに……「死ねばいいのに」と、他人から思われる様になっちまったら、哀しすぎるんじゃないかい?

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[写真]今月初めのキヨちゃんのバースディ・二次会 in とり吉(+途中でバックレたイワセ先輩)。

 

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